36 Profile─しみず ひろし 2008年,大阪大学大学院人間科学研究 科博士後期課程単位取得退学。広島大 学大学院総合科学研究科助教,関西学 院大学社会学部准教授を経て,2018年 より現職。専門は社会心理学。著書は 『個人と集団のマルチレベル分析』(ナ カニシヤ出版),『社会心理学のための 統計学』(共著,誠信書房)など。 この人をたずねて ■清水先生へのインタビュー ─先生の研究テーマについて教 えてください。 社会の中で人々が価値や信念を 共有するメカニズムに興味があり ます。大学院生の頃は恋愛関係や 友人関係のような親密な対人関係 における利他性の信念について研 究をしていました。現在は,不平 等な分配は望ましくないという 価値観が成立する理由や,人々が 右・左といった政治的イデオロ ギーを持つメカニズムなどについ て研究しています。またこれらの テーマについて,数理・統計モデ リング的なアプローチで研究する のが最近の関心です。 ─先生が統計学に関心を持たれ たきっかけを教えてください。 もともと数学は好きでしたが, 計算間違いが多くてあまり得意で はありませんでした。実際,高校 時代は文系で,学部も社会学部を 選びました。ただ,数学や物理学 が好きだったので,文系の中で理 系的なことをしたいと思って社会 心理学を選びました。社会心理学 のゼミに入ってから,当時大学院 生だった小杉考司さん(現・専修 大学教授)から因子分析を人間 関係分析に応用するという考えを 聞いて影響を受けたのも大きいで す。同世代で一番になれるものを 伸ばせという小杉さんの言葉を真 に受けて,因子分析や線形代数の 勉強を始めました。素直な子だっ たので(笑)。その後,大学院で 恋愛関係について研究していると きにマルチレベル分析と出会いま した。マルチレベル分析ではペア が共有している分散を推定するの ですが,これが因子分析と対人関 係を結びつけるモデルであること に気づき,「これしかない」と感 じました。マルチレベル分析につ いて勉強する過程でいろいろな文 献を読んでいるうちに統計に強く なり,今に至ります。個人的には, 単に統計が好きというよりは,学 問的な関心を数理的に表現するの に役立ったという印象です。 ─清水先生はフリーの統計分析 プログラムの HAD を配布されて いることでも有名ですが,HAD を 開発された経緯について教えてく ださい。 大学院生のときに,マルチレベ ル分析を実行するためのデータの 下処理(相関や平均値の計算,欠 損値処理など)をするマクロを書 いたのがHADの始まりです。そ の後,メルボルン大学に留学して いたときに階層的重回帰分析の プログラムを書いてみたくなっ て,やってみたら意外とウケが良 くて。それから広島大学に赴任し て,院生に「分散分析もできない か」と言われたことをきっかけに 分散分析の機能も追加しました。 こんな感じで,自分の統計の勉強 も兼ねてどんどん機能を追加して いくうちに今のような形になりま した。よく「車輪の再発見」だと かも言われましたけど,僕にとっ ては成長につながったので良かっ たと思っています。もともとマル チレベル分析の下処理のためのプ ログラムだったのに,最終的には HADだけでマルチレベル分析が できるようになったというところ が僕にとって結構エモいところで す(笑) ─それはエモいですね! とこ ろで,HAD って何の略ですか? 諸説あります(笑) ─統計モデリングは心理学研究 にどのように利用できますか? 因果効果があることが実験的に 示されている現象のモデリングが 一番やりやすいと思います。例 えば遅延価値割引や,武藤さんが やっている心的回転あたりは好例 ですね。主効果が出て終わり,と いうのが今までの実験心理学でし たが,その効果の背後にあるメカ ニズムを数学的に考えるのがモデ リングです。ただし,モデリング だけでは重要な変数を見落として しまったり,疑似相関の可能性が 常にあります。そこで,モデリン グで見出されたパラメータを実験 的に操作したときに実際の行動が 関西学院大学社会学部 教授
清水裕士
氏
インタビュー
武藤拓之
37 この人をたずねて 変化することを確かめるための新 たな実験が必要となります。この ように実験とモデリングを交互に 繰り返すことで,詳細なメカニズ ムの探究と再現性の担保の両方を 少しずつ実現できると考えていま す。複雑な実験計画を立てるより も,シンプルな因果効果のメカニ ズムの詳細を明らかにしたほう が,他の社会科学者からの理解も 得られやすくなると思います。 ─これから統計学や統計モデリ ングをきちんと学びたい心理学者 へのアドバイスをお願いします。 統計学を勉強するのはすごく大 事なことです。最初は従来の心理 統計の勉強から始めても問題ない と思います。その蓄積がその後の モデルの勉強につながります。最 初の目標としては一般化線形混合 モデル(generalized linear mixed model:GLMM)を勉強するのが 良いと思います。加えて,モデリ ングをやりたい人は,まずは数学 の基礎(とくに対数と指数)から 勉強するのが大事です。これが今 の心理学者にとっての大きな壁だ と思っていて,ここを乗り越える と世界が広がります。あとは線形 代数も重要ですね。 ─研究が楽しいと感じるのはど のようなときですか? 筋の通ったロジックを思いつい たときや,謎が解けるような仮説 が浮かんだときですかね。統計モ デリングや方法論で遊んでいて, ふと今まで解けなかった問題に使 えることが分かると楽しくなりま す。例えば,潜在ランク理論で遊 んでいて分布推定のアイディア が浮かんだり,遅延価値割引の考 え方が不平等の研究にも使えるこ とに気づいたり。いろいろな方法 論の蓄積は,たとえるなら地面を 掘るような感じで,この場所は固 いなと思っても,別のところから 掘れば,あるいは別の道具を使え ば,意外に簡単に掘れることに気 づくことがあります。「この道具 を使えば掘れるかも」と気づいた ときには興奮します。 ─最後に,若手研究者へのメッ セージをお願いします。 一つのテーマだけを追究して難 問をごりごり掘っていけるのはほ んの一握りの天才(生まれながら にレベル99の人)だけな気がし ます。凡人にできるのは,いろい ろなことをやりながら自分のレベ ルを上げて,難しいダンジョンに 挑む前に今攻略できるダンジョン で経験値を稼いで武器を集めなが ら進んでいくことです。そういう 意味でも,若いうちから方法論や 数学,(僕は苦手ですが)英語と いった広い意味での共通言語を勉 強しておくことはすごく大事だと 思います。 ■インタビュアーの自己紹介 インタビューを終えて 私が初めて清水先生とお会い し た の は,2015年 の 夏 に 行 わ れ た,Bayesian cognitive modeling: A practical course(Cambridge University Press)の読書会に参 加したときでした。自己紹介の際 に清水先生から「好きな確率分布 は?」と尋ねられたのをよく覚え ています。その後,ベイズモデリ ングに関するワークショップや書 籍『たのしいベイズモデリング』 (北大路書房)の執筆など,一緒 にお仕事をさせていただく機会が 何度かありました。 私自身,数理モデルや統計学に はもともと強い関心を持っていた ため,様々な統計手法や数理的な アプローチを取り入れながら心理 学の研究をされている清水先生は まさに憧れの存在でした。今回の インタビューを通じて清水先生に 語っていただいた研究哲学は,私 自身の今後の道しるべでもあるよ うに思います。 現在の研究テーマ 私は,人の空間的思考を支える 認知メカニズムの解明を目指して 研究を行っています。例えば,目 の前に存在する物体が回転すると ころを想像する認知過程(物体の 心的回転)や,自分とは異なる視 点から見た物の見え方を想像する 認知過程(視空間的視点取得)な どについて,主に実験による検証 を行っています。研究成果の一つ として,人がある種の視空間的視 点取得を行うときに,取得する視 点の位置まで自分自身の身体を移 動させるような運動シミュレー ションを実行していることを示す 証拠を得ることに成功していま す。また,空間的思考や記憶など を含む認知機能の加齢変化のメカ ニズムや機能を明らかにするため に,高齢者を対象としたフィール ド調査にも携わっています。 最近は,統計モデリングを用い た様々な認知過程の数理表現にも 関心を持っています。先に述べた 空間的思考に関する実験的研究や 認知加齢の研究にも統計モデリン グの手法を取り入れて様々な検証 を行っています。 Profile─むとう ひろゆき 日本学術振興会特別研究員PD(立命館大学OIC 総合研究機構)。2019年3月,大阪大学大学院人 間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科 学)。専門は知覚心理学,認知心理学。論文は Spatial perspective taking mediated by whole-body motor simulation(共著,J Exp Psychol Hum Percept Perform)など。